遺産分割前に不動産を売却する方法は?手順や注意点も解説

相続人が複数いる場合、亡くなった人の名義になっている不動産をどのように分けるは、相続手続きの中でも特に悩ましい問題です。遺産分割が終わる前の段階では、不動産は相続人全員の共有財産として扱われるため、相続人1人の判断で勝手に売却することはできません。
遺産分割協議前に相続する不動産の売却を進めるには、相続人全員の同意を得て、法的に売却できる状態を整えることが必要です。
遺産分割前に不動産を売却する主な手順は次のとおりです。
- 相続人が誰であるかを確認する
- 相続人全員から売却の同意を得て、合意内容を文書化する
- 相続登記を行い、名義を単独または共有に変更する
- 登記完了後に不動産の売却手続きを進める
- 売却益を相続人全員で分配する
- 必要に応じて譲渡所得税の申告・納税を行う
なかでも重要なのは、「相続人全員の合意内容を明確に文書で残しておくこと」「相続登記によって正式に相続人名義へ変更しておくこと」の2点です。
合意書を作成しておけば、後に「聞いていない」「そんなこと言っていない」「取り分が違う」といった相続人同士の争いを防げます。また、相続登記を済ませることで、初めて法律上の所有者として売却手続きを進められるようになります。
売却にあたっては、弁護士や司法書士、税理士などの士業と連携し、遺産分割の協議から相続登記、売却、代金分配、税務申告までをワンストップで支援する不動産会社・買取業者も増えています。
士業と連携する体制を持つ業者に依頼すれば、複雑な書類や手続きを一括で任せられ、相続人たちの負担を大幅に軽減できます。相続人が多いときや、遠方に住む人同士で調整が難しいときにも有効です。
本記事では、遺産分割前でも相続人全員の同意があれば不動産を売却できる仕組みを解説し、売却までの手順、登記の注意点、代金分配のルール、さらに士業連携型の買取業者を活用するメリットまで詳しく紹介します。
目次
遺産分割前に相続不動産を売却するには相続人全員の合意と相続登記が必要
遺産分割前の不動産は、法的にはまだ被相続人(故人)の名義のままであり、相続人全員の共有財産として扱われます。したがって、遺産分割前に相続不動産の売却を進めるためには、相続人全員の同意が必須です。
相続人の誰か1人でも反対している場合には、不動産の売却を進めることができず、必ず全員の合意を得る必要があります。一方で、遺産分割協議が終わっていない段階、つまりまだ誰がどの財産をどれだけ相続するか決まっていない段階であっても、相続人全員が同意すれば不動産を売却することは可能なのです。
被相続人が遺言を残していない場合に、相続人全員で遺産の分け方を話し合う手続き。全員の合意が必要で、誰か一人でも反対すれば成立しない。合意に達した内容は「遺産分割協議書」にまとめられ、全員が署名押印することで効力が生じる。
ただし、登記簿上では依然として被相続人の名義のままになっている点には注意しなければなりません。名義が変わっていないままでは、売却が決まっても引き渡しや登記ができず、結果として取引を完了できません。そのため、不動産の売却を行う場合は、まず相続登記を済ませて相続人名義に変更しておくことが重要です。
相続登記を行うことで、はじめて法的に所有者として認められ、売却や担保設定などの手続きを進められるようになります。よって、遺産の分割方法が決まっていない状態であっても、少なくとも相続人のうち1人に名義変更(単独名義)、または相続人全員に名義変更(共有名義)しておく必要があるのです。
相続により被相続人から相続人へ不動産の所有権を移転するための登記手続き。登記を完了することで法的に所有者として認められ、売却や抵当権設定などの行為が可能になる。
また、不動産登記法の改正により、2024年4月からは相続登記の申請が義務化されました。相続登記の手続きを怠ると、10万円以下の過料が科される可能性があります。
相続登記を放置することで所有者不明土地が全国的に増加し、公共事業や不動産取引に支障が出ていたことを受けて実施された法改正です。従来は任意だった登記変更が法的義務となったため、売却を目的とする場合はもちろん、放置している場合も早めの対応が求められます。
さらに、相続人が複数いる場合には、売却後の代金配分や税金の負担割合を明確に決めておくことが大切です。遺産分割の詳細がまだ確定していない段階で名義変更や売却を進めると、後々「取り分が不公平」「同意していない」といったトラブルに発展する恐れがあります。
そのため、遺産分割の内容が未確定のまま代表者を立てて売却を進める際には、相続人同士の取り決めを必ず文書化しておくことが重要です。
特に、売却後の代金の扱いや税金負担の分担方法は後から意見が分かれやすいため、事前に明確な取り決めをしておくことで安心して手続きを進められます。遺産分割協議が終わっていなくても、話し合いで決まった合意内容は「合意書」や「覚書」などの形で残しておくと、合意の証拠となり、トラブル防止に役立ちます。
遺産分割前に不動産を売却する場合は、法律上の要件と実務上の流れを正しく理解し、まず相続登記によって名義を整理しておくことが第一歩となります。
遺産分割前に不動産を売却する際の手順
遺産分割前の不動産を売却するには、相続人全員の同意を得たうえで、登記や契約などの複数の手続きを順序立てて進める必要があります。相続人の確認から売却益の分配までの流れを把握しておけば、無駄な手戻りやトラブルを防げます。
ここからは、実際に不動産を売却するまでの流れを整理しながら解説します。
- 相続人が誰であるかを確認する
- 相続人全員から売却の同意を得て、合意内容を文書化する
- 相続登記を行い、名義を単独または共有に変更する
- 登記完了後に不動産の売却手続きを進める
- 売却益を相続人全員で分配する
- 必要に応じて譲渡所得税の申告・納税を行う
遺産分割前の不動産を売却する場合、まずは法的に売却できる状態を整えることが重要となります。名義が被相続人のままでは所有権の移転ができないため、相続登記は必須です。
登記後は不動産会社を介して買主を探し、契約・引き渡しを経て売却代金を相続人全員で分配するのが一般的。
売却には登記や契約の締結、税務申告など複数の法的手続きが伴うため、各段階で必要な書類や注意点も含めて詳しく確認していきましょう。
1.相続人が誰なのかを確認する
遺産分割前に不動産を売却するには、まず「相続人が誰であるか」を正確に確認することが不可欠です。被相続人の財産は、遺産分割協議前の段階では法定相続人全員の共有状態となるため、売却手続きを進める際には相続人に1人でも漏れがあってはいけません。
「共同相続の効力」
1 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
2 相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする。
e-Gov法令検索 民法第898条
相続人の確認を怠ると、後に「一部相続人の同意がなかった」と主張され、売買契約の効力が否定される恐れもあります。完全に無効になることは少ないものの、他の相続人の同意が得られていない部分については「他人物売買」として無効となり、登記の抹消や代金の返還請求が認められるケースもあります。
また、一部無効と判断されたとしても、不動産は分割処分が難しいため、実質的には売買全体が成立しなかった扱いとなり、買主も所有権を失う結果になりかねません。
相続人の確認は、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本を取得することで可能です。市区町村の役所の窓口で申請できますが、被相続人の本籍地が遠方にある場合は郵送での取り寄せもできます。郵送で請求する場合には、封筒に必要書類を同封して送付します。
必要書類 | 窓口で戸籍謄本を請求する場合 |
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請求書(各自治体指定様式) | 請求書を窓口で受け取る、または公式サイトから事前ダウンロードする |
本人確認書類 | 運転免許証やマイナンバーカードなどの原本を提示する |
手数料 | 1通あたり450円程度(自治体により異なる) |
必要書類 | 郵送で戸籍謄本請求する場合 |
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申請書(各自治体指定様式) | 各自治体の公式サイトからダウンロードできる指定様式を使用する |
本人確認書類のコピー | 運転免許証やマイナンバーカードなどのコピーを同封する |
定額小為替 | 手数料分を郵便局で購入し、無記名のまま同封する |
返信用封筒 | 自分の住所・氏名を記入し、切手を貼付して同封する |
本籍地の役所の窓口で戸籍謄本を請求する場合は、即日交付されますが、他自治体に照会が必要な場合は数日かかることもあります。一方で、郵便で戸籍謄本を請求する場合は、数日〜1週間程度で戸籍謄本が郵送されます。
法定相続人を特定したら、続柄や人数を一覧化しておくと、次の同意書作成や相続登記の段階で手続きがスムーズになります。
2. 相続人全員から売却同意をもらい合意書を作成する
相続人全員の同意が確認できたら、その内容を「合意書」として正式に書面化します。口頭の合意だけでは、後から「聞いていない」「合意した内容と違う」など、言った・言わないのトラブルが起こりやすいため、書面の作成は必須です。
合意書には、売却の目的や対象の不動産、同意した相続人の氏名、売却後の代金の扱い、税金負担の分担方法などを明確に記載します。他の遺産の相続状況によっては必ずしも公平に分割するとは限らないため、売却代金の分配方法については最終的に遺産分割協議で確定する旨を明記しておくと安全です。
また、合意内容を整理した段階で代表者を決めておくと、次の登記や契約手続きが円滑になります。
ただし、代表者が売却を進める場合は、相続人全員から委任を受けたことを示す記載を加えることが重要です。委任範囲が不明確なまま代表者が売却を進めると、「その内容まで任せたつもりはなかった」「売却条件までは同意していない」といった主張が出る恐れがあります。
代表者の権限外行為とみなされれば、売買契約の一部が無効と判断される可能性もあるため、委任内容を明確にしておくことが極めて重要です。
さらに、相続人同士が一時的に同意していても、売却条件や代金の扱い方など具体的な条件面の認識に差が生じやすいのが実情です。例えば、売却価格の設定や値下げの判断、測量費や仲介手数料などの費用分担、売却代金の一時預かり口座や配分時期をめぐって意見が変わることは少なくありません。
売却条件や費用負担などの合意内容を明確に残しておくためにも、あらかじめ合意内容を公正証書として残しておけば、誰が・いつ・どの内容で同意したかを第三者にも明確に示せるため、後の紛争予防に効果的です。
3. 相続登記の申請を行う
不動産の売却を進めるには、登記簿上の名義を被相続人から相続人へ変更する「相続登記」が必要です。
相続登記を完了していない状態では、売却契約を結んでも買主に所有権を移転できず、取引が成立しません。相続登記を行うことで、相続人が正式な所有者として法的に認められ、売却や担保設定などの行為が可能になります。
相続登記には「単独名義」と「共有名義」の2つの方法があります。単独名義は、相続人のうち代表者1人に名義をまとめる方法で、売却の手続きを迅速に進めやすいのが特徴です。一方、共有名義は、相続人全員の名前をそれぞれの持分割合とともに登記簿へ記載する方法で、全員の権利を公平に反映できる点にメリットがあります。
遺産分割協議前の状態では、共有名義にしておくのが望ましいでしょう。共有名義なら、相続人全員の権利を登記上で平等に保ちつつ、後の遺産分割協議や名義変更を柔軟に進めることができます。
ただし、不動産を売却する際には相続人全員の同意が必要になるため、手続きに時間を要する場合があります。
共有名義のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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・相続人全員の権利を登記上で平等に保てる ・遺産分割協議が未確定でも登記・準備ができる ・売却後の分配や名義変更を柔軟に進めやすい ・将来的な権利関係を明確化できる |
・売却や契約を実行する際に、全員の同意と署名が必要になる ・契約締結時に全員が立ち会う必要がある ・合意形成に時間を要しやすい ・相続人が増えると持分調整が煩雑になる |
共有名義では、相続人全員の名前と持分割合を登記簿に記載し、全員で不動産を共同所有します。共有名義にすることで権利関係が明確になり、査定や媒介契約などの実務を進めやすく、遺産分割協議がまとまっていない段階でも売却準備を行うことが可能です。売却を前提として相続登記を早めに済ませておきたい場合に適した方法といえます。
また、共有名義であれば、相続が発生した時点ですぐに登記手続きができるため、早期に法的な所有者としての立場を確立できる点もメリットです。持分割合が明確なため、後の遺産分割や売却代金の配分をスムーズに進められる特徴もあります。
ただし、売却や抵当権設定など重要な手続きを行う際には、相続人全員の同意と署名押印が必要となり、売買契約締結時には全員が立ち会う必要があるため、意思決定に時間がかかる場合があります。
さらに、相続手続きの途中で相続人の1人が亡くなった場合、その配偶者や子どもが新たな相続人として権利を引き継ぐこととなります。相続人の世代交代によって権利者が増えると、登記や同意の取得が一層複雑になる点には注意が必要です。
共有名義を選択する場合は、登記や売却を検討している段階で関係するすべての相続人が今後の方針を確認し、持分の扱いや将来の売却時の手続きをどのように進めるかを文書で定めておくようにしましょう。
単独名義のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
---|---|
・代表者1人の判断で売却手続きを迅速に進められる ・契約書や媒介契約などの署名が1人で完結する ・買主との交渉や手続きが簡潔でスピーディーに行える ・相続登記後すぐに売却できるため資金化しやすい |
・登記を行う前に、全員から名義集約への委任・同意を得る必要がある ・委任範囲が不明確だと、登記や売却が後に争われるおそれがある ・代表者が費用や責任を一時的に負担する可能性がある ・費用や配分の取り決めを文書化しておかないと金銭トラブルに発展しやすい |
単独名義では、相続人のうち代表者1人の名義で不動産を登記し、登記や契約の手続きをその代表者だけで完結できます。売却を迅速に進めやすく、相続人全員の合意が整っている場合には短期間での現金化も可能になります。
ただし、単独名義での登記を行うには、他の相続人全員から名義を代表者1人に集約することへの同意と委任を得る必要があります。相続人のうち1人でも承諾しない場合、登記申請自体が受理されず、単独名義での手続きは進められません。
さらに、代表者が1人で手続きを進めると、委任された範囲を超えた行為だと判断され、契約が無効になる恐れがあります。
また、単独名義にすると、登録免許税や登記費用は名義人である代表者が負担することになります。後日他の相続人に精算を求めることは可能ですが、代表者が一時的に立て替える形になります。
費用分担について後から持ち出すとトラブルに発展しやすいため、遺産分割協議の段階であらかじめ合意を得て、合意書に明記しておくことが望ましいでしょう。確実な精算を図るためには、合意書に記載するだけでなく、登記前にあらかじめ実費相当額を受け取っておく方法も有効です。
単独名義は、迅速な売却を優先したい場合や、代表者への信頼関係が十分にある場合に適した方法といえます。一方で、同意や委任の手続きを曖昧にしたまま進めると、契約の有効性を巡る紛争に発展しかねないため、慎重な対応が求められます。
4. 売却手続きを進める
相続登記が完了し、相続人全員の同意も得られたら、実際の売却手続きに進みます。 不動産の売買は個人間でも可能ですが、契約書の作成や重要事項説明など専門的な要素が多いため、不動産会社と媒介契約を結んで仲介での売却を目指すのが一般的です。
媒介契約を締結する際は、登記名義の形態によって手続きが異なります。
単独名義の場合は、名義人本人が売主として契約を締結します。代表者が単独で判断できるため、価格設定や条件交渉を迅速に行えます。一方で、後々のトラブルを防ぐために、契約条件や売却額は都度、他の相続人にも共有しておくことが望まれます。
共有名義の場合は、相続人全員が媒介契約書と売買契約書に署名・押印する必要があり、手続きのスケジュール調整が重要となります。売却活動中に価格変更や条件交渉を行う際にも、共有者全員の同意が必要です。そのため、実務上の連絡や調整を行う調整係を決めておくことで、実務的なやり取りをスムーズに進められます。
不動産が訳あり物件なら買取業者への売却も検討
相続した不動産が共有名義、再建築不可、事故物件などの「訳あり物件」に該当する場合は、不動産会社の中でも専門の買取業者への売却が現実的な選択肢となります。
買取では、仲介よりも売却価格が下がる傾向があります。買取業者は取得後に再販を行うため、リフォーム費用や販売経費、利益分を差し引いた金額で査定する仕組みになっているからです。
その一方で、買主を探す必要がないため販売期間を大幅に短縮でき、仲介手数料も不要になります。
また、個人間売買では、売主が物件の欠陥について責任を負う「契約不適合責任」が生じますが、買取業者との取引では多くの場合、免責特約が設けられています。そのため、引き渡し後にシロアリ、雨漏り、設備不良などの欠陥が見つかっても、修補や損害賠償を請求されるリスクを回避できます。
さらに、買取業者は自社で再販ルートを確保しているため、仲介では買主が見つかりにくい不動産でも迅速な売却が可能です。例えば、建築基準法の制限により再建築ができない土地は、金融機関の担保評価が低く、住宅ローンの利用が難しくなります。
また、事故や孤独死などの心理的瑕疵を抱える不動産は、購入をためらう人が多く、市場での販売期間が長期化する傾向があります。
売却を急ぐ場合や、共有者間の合意形成に時間がかかる場合には、買取業者への直接売却が有効な方法となります。
5. 売却益を各相続人に分配する
売却が完了したら、まず仲介手数料・司法書士報酬・登記費用・測量費などの実費を差し引き、正味の売却益を算定します。次に、その売却益をどのように分配するかを決める必要があります。
売却益の分配方法には大きく2つの考え方があります。
方法 | 内容・特徴 |
---|---|
売却益を他の財産と合わせて分配する方法 |
売却で得たお金を他の財産と同様に、遺産の一部として扱う。 最終的な遺産分割協議の中で、預貯金や株式など他の資産とあわせて総額ベースで取り分を決める。 |
売却益のみを切り分けて分配する方法 |
不動産の売却時にあらかじめ合意した割合や金額に基づいて、速やかに現金を分ける。 遺産分割協議を待たずに精算できるため、手続きを早く進められる。 |
いずれの方法を選ぶ場合でも、分配割合や手続きを明確にし、相続人全員の合意を文書で残しておくことが重要です。代表者名義の口座で売却代金を一時的に保管すると、後に「取り分が違う」「合意内容と異なる」といった紛争につながりかねません。司法書士や弁護士の預り口座、または相続人全員で共同管理する専用口座を利用し、入出金の記録を残しておくと安心です。
また、分配の際には、送金金額・振込先・送金日をまとめた「分配明細書」を作って全員の確認を取り、内容を確認してから実際の振り分けを行います。未成年者や不在者が含まれる場合は、代理権限や必要書類を事前に確認しておくことで手戻りを防げます。
さらに、譲渡所得の申告や税負担に備えて、正味売却益の中から、想定される譲渡所得税・住民税および申告費用に相当する金額を留保しておくと安心です。振込控えや領収書、精算書を合意書とともに保管し、後日の確認や税務対応に備えましょう。
6. 譲渡所得税の申請・納税をする
不動産の売却で利益が発生した場合、その利益に対しては譲渡所得税が課されます。課税対象となるのは、売却価格から取得費や仲介手数料・登記費用などの経費を差し引いた正味の売却益です。
【譲渡所得税の税率】
- 保有期間5年超の場合は「長期譲渡所得」20.315%
- 保有期間5年以下の場合は「短期譲渡所得」39.63%
確定申告は、不動産を買主に引き渡した日に属する年の翌年2月16日から3月15日までに行います。会社員など給与所得者であっても、不動産の売却益が発生した場合は、年末調整では処理できないため必ず確定申告が必要です。一方、売却損が出た場合も申告を行うことで、他の所得との損益通算や繰越控除の適用を受けられる場合があります。
共有名義の不動産を売却した場合は、持分に応じてそれぞれが申告する必要があります。譲渡所得の計算や経費按分は複雑になりやすいため、税理士などの専門家に相談して正確に処理するほうが安心です。
また、相続によって取得した不動産を売却する際には、支払った相続税の一部を取得費に含めて計算できる「取得費加算の特例」を利用できる場合があります。取得費を増やすことで課税対象となる利益が少なくなり、結果的に譲渡所得税を軽減できる可能性があります。税負担を抑えるためにも、適用要件を事前に確認しておくことが重要です。
取得費加算の特例とは、相続税の課税対象となった不動産を、相続開始から3年10ヶ月以内に売却した場合に適用できる税制優遇措置。支払った相続税の一部を取得費に算入し、譲渡所得を減らせる。加算額は、相続税申告書に基づく資産ごとの按分額により算定される。適用には、確定申告時に相続税申告書の写しなど必要書類を添付する。相続税を納めていない場合は対象外となるほか、相続空き家の3,000万円特別控除など他の特例との併用は不可。
遺産分割前の不動産の相続登記申請に関する注意点
遺産分割前に不動産の登記を行う際には、名義や申請方法の選択によって、その後の売却や遺産分割協議に影響が生じます。
特に以下の2点には注意が必要です。
- 単独名義で登記すると、登記識別情報が相続人全員には発行されない
- 登記完了後に相続人の意思が変わった場合は、更正登記の申請が必要になる
どちらも登記の進め方を誤ると余分な手間や費用が発生する要因となります。それぞれの注意点と実務上の対応策を確認しましょう。
単独名義での登記では登記識別情報が全員分発行されない
単独名義で相続登記した場合、登記識別情報は申請人のみに交付され、他の相続人には発行されません。
単独名義を選択し、登記識別情報を持っていない相続人が後から売却の契約や登記手続きに加わる場合には、「事前通知制度」や「本人確認情報の作成」などの手続きが必要になり、司法書士への依頼や追加費用が発生します。将来的に複数の相続人が売却に関わる可能性がある場合は、登記の段階から共同名義による申請を選択し、全員分の登記識別情報を受け取っておくことが望ましいでしょう。
登記識別情報とは、登記名義人であることを証明する重要書類。従来の「権利証」に代わるもので、売却や担保設定を行う際の本人確認資料として必要となる。登記完了時に法務局から12桁の英数字で構成された識別番号が通知される。登記識別情報が漏えいすると、第三者による不正な登記申請のリスクが生じるため、厳重な管理が求められる。紛失した場合は再発行ができず、売却時には司法書士が作成する「本人確認情報」によって代替する必要がある。
単独名義での登記後に相続人の意思が変わった場合は更正登記を申請する必要がある
単独名義で相続登記を行った後に、他の相続人の意思が変わった場合は、登記内容を訂正するために更正登記の申請が必要になります。
例えば、登記後に相続人の1人が売却の合意を撤回して、相続を放棄したり遺産分割協議で持分割合を変更したいと申し出たりした場合、登記簿の内容と実際の合意内容に不一致が生じます。この不一致を放置したままでは、売却や名義変更などの手続きを進めることができず、登記の有効性を巡って紛争に発展する恐れがあります。
相続登記の内容と相続人間の合意内容が異なる状態になった場合は、登記情報を正確な内容に修正するために、更正登記の申請を行う必要があります。申請には一定の期間と費用がかかるため、初回の相続登記を行う時点で相続人全員の意思を十分に確認し、登記内容に誤りや食い違いが生じないよう、合意内容を明確に文書化しておくことが大切です。
更正登記(正式名称:登記の更正の登記)とは、登記済みの内容に誤りや変更が生じた際に、登記簿を正しい内容に修正するための手続き。
遺産分割前の不動産売却での注意点
遺産分割前に不動産を売却する場合は、相続人全員の合意が前提となりますが、売却後の代金処理や想定外の事態によってトラブルに発展することがあります。
特に注意が必要なのは、以下の3点です。
- 売買代金を受け取った人は、他の相続人に適切に分配しなければならない
- 相続人全員の合意がないまま売却すると、損害賠償請求を受ける可能性がある
- 売却後に遺言書が見つかった場合でも、所有権を取り戻せないことがある
全て全員の合意がある前提で行動しなかった場合に生じやすいトラブルです。売却の実行だけでなく、代金処理や相続手続きの流れも正確に理解しておくことが欠かせません。
売買代金を受け取った人は他の相続人へ分配が必要
不動産の売却によって得た代金は、遺産分割の対象となる財産にあたります。そのため、代表して売却を行った人や名義人として代金を受け取った人は、売却で得た利益を他の相続人にも分配しなければなりません。
当事者間で「特定の相続人が多く受け取る」などの合意が明確に存在しない限り、売却代金は法定相続分または遺産分割協議で定めた割合に基づいて分配する必要があります。
売却後の代金は一時的に代表者の口座に入金されるケースが多いため、入出金の履歴を明確に残し、分配内容を記録した「精算書」や「分配明細書」を作成することが重要です。
さらに、精算書や分配明細書には、相続人全員の確認印を押して、内容を承認したことを確認できるようにしておくとトラブル防止につながります。
相続人全員からの合意なく売却した場合は損害賠償請求される可能性がある
遺産分割前の不動産は、法的に相続人全員の共有財産とみなされます。そのため、相続人のうち一部の人が他の相続人の合意を得ずに勝手に売却した場合、他の相続人から損害賠償請求を受ける可能性があります。
全員の合意がないまま不動産を売却した行為は、他の相続人が本来得られたはずの遺産を受け取れなくするものであり、民法上の不法行為に該当します。そのため、他の相続人には、本来得られたはずの遺産相当額について損害賠償を請求する権利が生じます。
また、売却を行った相続人が売却代金を個人的に使用してしまった場合には、民事上の不法行為にとどまらず、刑事上の責任を問われる可能性もあります。売却代金を他の相続人に無断で流用したり、自らの利益のために使い込んだりした場合は、横領罪や背任罪に該当する恐れがあり、刑事事件として立件される可能性も否定できません。
その他、買主との間でもトラブルが生じることがあり、他の相続人が所有権の一部を主張すれば、契約自体が無効や取り消しの対象となるリスクもあります。相続人全員の合意が得られない段階で売却を進めると、法的にも実務的にもリスクが大きいため、必ず全員の同意書を作成し、署名・押印をもらってから手続きを進めることが重要です。
売却後に遺言書が見つかっても所有権は取り戻せない可能性がある
不動産の売却完了後に故人の遺言書が見つかり、「特定の相続人に不動産を相続させる」と記載されていた場合でも、原則として売却を白紙に戻すことはできません。
売却によって所有権移転登記が完了した時点で、第三者である買主が法的に正当な所有者となります。登記によって所有権の移転が法的に確定するため、遺言書が後から見つかっても売主側が所有権を取り戻すのは非常に困難です。
そのため、被相続人の遺言書が存在する可能性があるときは、売却を進める前に必ず遺言書の有無を確認し、家庭裁判所での検認手続きが完了しているかを確認しておくことが重要となります。特に、自筆証書遺言の場合は、自宅や金庫などに保管されていることも多く、見落とすと後から売却代金の分配方法や相続人間の取り扱いを巡って争いが生じかねません。
売却後の遺言書の発見では所有権を取り戻せないケースが多いため、事前の確認を怠らないことが最も重要といえます。
自筆証書遺言とは、遺言者が全文を自筆・押印して作成する方式。手軽に作成できる反面、方式の不備や内容の不足によって、無効になる恐れがあるほか、相続人が存在を知らないと紛失や発見の遅れに繋がりやすい。公正証書遺言とは、公証人が内容を確認しながら作成し、原本を公証役場で保管する方式。相続時の検認手続きが不要で、内容の有効性と保存性が高い。
相続開始後は、相続人や利害関係人が公証役場で遺言の有無を検索できる制度が設けられており、相続時に発見されやすい。将来的に相続人となる人は、遺言を作成する本人に対し、公正証書遺言の形式で作成してもらうよう伝えておく。
士業と連携する買取業者には遺産分割から買取までサポートしてもらえる業者もある
遺産分割前の不動産売却では、法的手続きや税務処理など、専門的な判断が求められる場面が多くあります。そのため、不動産買取業者の中には、弁護士や税理士、司法書士などの士業と連携し、相続全体を一括でサポートできる体制を整えている業者もあります。
士業と連携している買取業者を選べば、相続登記や遺産分割協議書の作成、譲渡所得税の申告までスムーズに進めることができます。
一方で、士業と連携していない買取業者を利用する場合は、各専門家を自分で探して依頼し、複数の窓口と連絡を取り合う必要があります。そのため、時間的・精神的な負担が増え、手続きの重複や書類不備が生じるリスクも高まります。
特に、相続人が複数いる場合には、専門家同士が連携して進行管理を行う体制があるかどうかが、トラブルを防ぐうえで重要です。
以下では、不動産売却時に関わる主な士業と、相談・依頼できる内容を整理します。
士業名 | 主な役割 | 依頼できる業務 |
---|---|---|
弁護士 | ・相続人間の対立や売却トラブルを法的に解決する ・交渉・調停・訴訟を代理して権利保護を図る |
・遺産分割協議書の作成 ・代理交渉の実施 ・調停対応と訴訟対応 ・合意書や和解案の作成 |
司法書士 | ・不動産の名義変更や登記手続きを代行する ・登記実務全般をスムーズに進める |
・相続登記の申請代行 ・名義変更手続き ・登記簿の訂正や更正登記 ・法定相続情報一覧図の申出 |
税理士 | ・税金の計算や申告手続きを担当する ・税負担の最適化を支援する |
・譲渡所得の確定申告書作成と提出 ・相続税申告書作成と提出 ・税務署からの照会対応 ・節税プランの提案 |
行政書士 | ・相続関係書類の作成や戸籍収集など事務手続きを支援する | ・相続関係説明図の作成 ・遺産分割協議書の作成補助 ・戸籍収集の代行 ・法定相続情報一覧図の申請補助 |
不動産鑑定士 | ・不動産の時価や持分を評価し、適正価格を明らかにする | ・不動産鑑定評価書の作成 ・価格意見書の作成 ・評価根拠の説明と資料化 |
士業と連携している買取業者を選ぶことで、専門家への依頼や書類作成を業者側で一括管理してもらえます。相続登記や税務申告を伴う不動産売却では、ワンストップ対応が可能な業者を選ぶことが、手続きを円滑に進めるための大きなポイントです。
まとめ
遺産分割前の不動産は、法的には相続人全員の共有財産として扱われるため、1人の判断で勝手に売却することはできません。
遺産分割協議を行う前に不動産の売却を行うには、相続人全員の同意を得たうえで相続登記を行い、名義を相続人名義へ変更しておくことが必要です。その際は、合意書を作成し、登記を完了させておくことで、売却に必要な法的要件を満たし、後のトラブルを防ぐことができます。さらに、売却後の代金分配や税申告までを見据えて準備しておくことで、手続きを円滑に進められます。
遺産分割前の売却は、法的手続きが多く、相続人間の調整も複雑になりやすいため、弁護士・司法書士・税理士などの士業と連携している不動産業者に相談するのが安心です。
士業との連携体制を持つ業者であれば、遺産分割協議から登記、売却、代金分配、税務申告までをワンストップで支援してもらえます。安全に手続きを進めたい場合は、士業との連携体制が整った不動産業者に依頼すると安心です。